ロックをポップで包め

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ショウロンポウをがぶっと食べたら

がじっと石が入ってたらやだよね笑

 

ロックとはそういうやつだ。

ロックは岩のように誰にも属さない意志

ポとかプとか親みやすい音に内包させてる 

MJもポゥ!ってゆっちゃってるよ笑

 

 

日本が属国であることはどうしようもどうすることもできない事実なんだからさっさと受け入れちゃってポップに付き合いロックに企んでる方がおもしろいしかっこいいよね

 

とっつぁんに捕まってもルパンはいつも絶対脱出するじゃん笑
捕まったふりしてカモフラしながら

 

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そうするとね

都会の自然主義のなんとイモくさいことか。

ファッションでも思うんだけど。

縄文の格好や踊り直接真似したってそれは現実逃避だと思うの。

縄文のパッションと現代のテクノロジー融合させるからNEO縄文なんじゃん。

毒や経済から離れるための自然農や自給自足生活なら、この環境で勝手に自生してる草食べた方が強そうだなとか農薬に勝てる体の抗体持ってる方がよっぽど今に生き残りそうだなあと思う。

 

もう全てを含んで物事を考える。

あるものはある。

ないものはない。

 

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これまでの歴史は右肩上がりの直線上のものだったわけじゃなく、すべての出来事が重力というオチを持って放物線を描いている。その一つ一つの収束を線で繋いだものが歴史で、経験で、わざで。

何度も何度もプラスもマイナスも含んだ出来事の着地を繰り返すことが術(わざ)になっている。

それが芸術であったり医術であったり技術であったり...

わざはわざわざするもんだよ。

 

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だからすべての物事は重力をもって着地するんだから、落下、失速、妥協、失敗、そういったマイナス面も引き受けどれだけの理想を描けるか。そこに向かって球を投げるか。放物線描き着地するまでの落差がプロセスであり得れるもの。なら視野は理想は世界を見れてた方がいいよね。

 

 

夜みんなで見た映画

  世の均衡を保つため
"勇敢" "博学" "高潔" "平和" "無欲"
の派閥で統治された世界
そこから虐げられたのが無派閥
博学が政権を握ろうとして他の派閥を騙し支配していこうとするんだけど、全ての派閥を凌駕したダイバージェント(異端者)が本当の人類の調和に導くんだよね
 
ハッピーヒッピー(平和の派閥)は一瞬で動きを封じられてなす術なく私が最近まで居た空気感への皮肉だった
ひねりだす感謝しますおかげ様ありがとうの世界
生かされてることが当たり前の愛であり感謝なんだからわざわざひねり出すことに時間をさきいいところしか見ない、で???な環境に飽き、通過したかった過去として今地球上のゴミを使って遊べるあらえびすという環境にいる。

 

前回のブログで女とか男とか書いたけどそうゆう二項対立な話でなく、女も闘うしたくましいしかしこいし(ただ生きてる)、ただ護られる力がある存在だなってかんじた。

護られてしまう力。

 

最近みんなで読んでる属国民主主義論も

朝のお勉強会も夜見た映画も、

 

RUE de RYUという下着の展示会に連れて行ってもらい、本来の身体の使い方や美しさに目覚めることを体感したり

補正下着や矯正下着ではなく、心と体の為のランジェリー | リュー・ドゥ・リュー / Rue de Ryu

 

地域の住民運動会で、よそもの(あらえびす)と地元民のじいちゃんばあちゃんも子どもも協力してチームを優勝に導き、属国の中での社会のモデルも見たし、

 

ミクロがマクロへ

全てが繋がる

 

属国民主主義論

属国民主主義論